安部被告に無罪判決 薬害エイズ事件

 

 製薬会社、旧厚生省、専門医の複合過失が引き起こしたとされる薬害エイズ事件で、血友病の男性患者にエイズウイルス(HIV)に汚染された輸入非加熱血液製剤を投与し、エイズで死亡させたとして業務上過失致死罪に問われた元帝京大副学長安部英被告(84)の判決公判が二十八日、東京地裁で開かれた。

 永井敏雄裁判長は安部被告に無罪(求刑禁固三年)を言い渡した。

 一九九七年三月の初公判で、安部被告は「非加熱製剤の投与は医学界の定説だった。被告となることは納得がいかない」と全面無罪を主張。結審まで公判は五十二回に及び、血友病治療の権威と言われた医師の責任をめぐり、検察側、弁護側双方が激しい論争を繰り広げてきた。

 検察側は「論文やシンポジウムなどでエイズの最新情報を得ていた安部被告は遅くとも八四年十一月には非加熱製剤の危険性を予見できたのに、何の安全措置も取らなかった」と指摘。当時の部下らが法廷で安部被告と相対し、検察側主張に沿った証言をした。

 一方、弁護側は「安部被告に特別な知識はなく、他の専門医と同様に非加熱製剤の危険性を十分知らなかった」とした上で、「(エイズに安全な)クリオ製剤は供給も治療効果も不十分で、エイズの問題を考慮しても非加熱製剤を治療に使うメリットが大きかった」と反論した。

 起訴状によると、安部被告は八五年五―六月にかけ、帝京大病院で治療を受けた血友病の男性患者に非加熱製剤を投与、男性はHIVに感染し、九一年十二月にエイズで死亡した。

 

「無罪」に怒りたたきつけ
「体の震え止まらない」

 「被告人は無罪」。その瞬間、元東京HIV訴訟の原告、川田龍平さん(25)は険しい視線を元帝京大副学長安部英被告(84)と裁判長に向け、母親で衆院議員の悦子さん(52)は持っていたノートを席にたたきつけ、裁判長をにらみつけた。

 二十八日午前十時すぎから東京地裁一○四号法廷で始まった安部被告の判決公判で、永井敏雄裁判長が無罪を告げると、傍聴席からは「えっ」という短い叫び声が起き、どよめきが広がった。

 閉廷後、川田悦子さんは「頭が真っ白になってメモを取れなかった。無罪が信じられなくて言葉が頭に入らなかった。怒りで体が震えている」と話した。

 この日、紺のスーツ姿の安部被告はゆっくりとした足取りで入廷。裁判長にうながされて法廷中央の証言台の前に移ると、指先をまっすぐ伸ばして両足のわきに付け、直立不動の姿勢で判決を待った。無罪を言い渡されると深々と裁判長に頭を下げた。

 判決理由の読み上げを聞く安部被告は終始落ち着いた様子。持参した資料に目を落とし、何度もうなずきながら時折メモを取った。傍聴席の被害者らは対照的に身を乗り出したり、腕組みをしたりして、悔しそうな表情を浮かべた。

 判決後、記者会見した大阪HIV訴訟原告団の花井十伍代表は「とても残念。当時われわれの仲間は命を守ってもらうため、医者にすがるしかなかった。その医者に対してあまりにも甘い」と不満をぶつけた。

 薬害エイズ被害者の大平勝美さん(52)も「いったい何人の患者が死ねば安全な製剤が供給されるのか。一番の窓口だった重鎮の安部被告が注意を怠っていたから多くの血友病患者が亡くなった」と唇をかんだ。

 またHIV訴訟弁護団は判決を「高度の注意義務が必要なことは水俣病訴訟などで証明されているのに、赤信号を皆で渡れば怖くない、との論理で、医者の怠慢を免責している」と厳しく非難した。

(2001年3月28日 掲載)


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