平成13年3月29日(木) 

 
 社 説 

 薬害エイズ事件 真相解明にほど遠い判決
 

 射 程 

 DVは犯罪として裁かれる
   
 新生面 

 有明海の再生



  <社説> 薬害エイズ事件 真相解明にほど遠い判決

 東京地裁は二十八日、薬害エイズ事件で業務上過失致死罪に問われた元帝京大副学長・安部英被告(84)に対して、「過失はなかった」として無罪判決を下した。

 安部被告が血友病の男性患者をエイズに感染、死亡させたとされる事件当時、輸入非加熱血液製剤の危険性は予見できる状態になかった、というのが無罪の主根拠である。

 薬害エイズは行政、医師、製薬会社の複合過失が引き起こした事件との見方が、半ば社会の「共通認識」として定着しつつある。

 当時、血友病治療の第一人者として輸入非加熱製剤投与による治療に関与。厚生省エイズ研究班長でもあった被告には、立件された事件での刑事責任だけでなく、被害者の感情を逆なでするような言動が社会的関心の的となってきた一面もある。

 判決文は「生じた結果が悲惨、重大であることや、被告に特徴的な言動があっても、犯罪の成立範囲を便宜的に動かすようなことがあってはならない」と指摘する。

 確かに事件を情緒的側面だけでとらえるのは危険だ。刑事責任は厳格にという判決姿勢にも異論はない。

 ただ裁判で問われたのは、人命を守るために最高の注意義務が求められる医師の責任である。裁判では、製薬会社や行政と被告の関係解明作業も重要なカギだったはずだ。

 事件では、エイズウイルスに汚染された非加熱製剤を投与された血友病患者ら千四百人以上がエイズに感染、五百人余もの人々が死亡した。裁判ではこうした加害構造の全体像を明快に解明して被害者の無念にこたえ、薬害根絶の対策を促すことも司法の責務の一つではなかったか。

 判決で気になるのは、安部被告の立場に対する裁判長の評価と予見可能性の判断のあいまいさである。

 判決理由で裁判長は、被告が「帝京大で指導的地位にあったことに加え血友病の”権威”として治療方針を決定していた」と認めている。

 一方、最大の争点となった感染の予見可能性については「当時はエイズウイルスの性質など不明な点が多かった」「被告は非加熱製剤の危険性は認識していたが、高い確率で患者にエイズを感染させることを予見できたとは言えない」とした。

 特に、被告の過失罪が問われた一九八五年五月から六月にかけての非加熱製剤投与には、「薬剤効果が優れ大多数の専門医が投与していた」「被告が投与を中止しなかったことに結果回避義務があったとは言えない」と検察側の主張を退けた。

 そこには非加熱製剤の使用の是非を判断し得る安部被告の立場を認めながら、過失の有無には一般の血友病治療医の医療基準を判断根拠にするという矛盾ものぞく。

 裁判では、安部被告の心臓病悪化で被告人質問は行われなかった。

 被告は初公判で「エイズの危険性を最も主張したのは自分だ」と証言した。にもかかわらず非加熱製剤を使い続けたのはなぜか。被告の口から当時の認識を引き出す努力がなされなかったのも不可解ではある。

 薬害エイズ事件裁判では、元厚生省生物製剤課長・松村明仁被告(59)の判決が九月に予定されている。

 同裁判は安部被告の裁判と争点がほぼ重なっている上、審理する裁判長も同一人物のため、過失責任の有無をめぐる判決への影響は必至だ。

 今回の判決は治療効果と危険性が隣り合わせの医師の医療行為に法的判断を下す難しさも痛感させる。ただ、医師も行政も国民の命を守ることに最高の注意義務があるという基本は見落とすべきではない。それは司法にも共通する原点でもある。






  <射程> DVは犯罪として裁かれる

 配偶者や同居の恋人からの暴力行為(DV=ドメスティックバイオレンス)を防止し、被害者を保護する法案が、超党派の議員立法として今国会に提出される。

 夫婦間であっても、暴力で相手を傷つけることは犯罪である。それをこの法律で明快に打ち出し、防止のための現実的な抑止力とすることをめざす。早期の成立を望みたい。

 法案では、被害者が配偶者からの暴力で生命や身体に重大な危害を受ける恐れが大きい場合、被害者の申し立てによって裁判所が保護命令を出すことができる。

 保護命令には(1)一時避難中の被害者につきまとったり、住居や職場に近づくことを六カ月間禁止する(2)加害者名義の自宅であっても、加害者を二週間は居宅退去させる―の二つがある。違反すれば、一年以下の懲役か百万円以下の罰金を科す。

 ただ、わずか二週間で被害者の安全確保や、将来の生活にある程度のめどをつけるのは、やや困難が伴う作業ではないかと危惧(きぐ)される。

 被害の相談や保護、支援のため、都道府県は既存の婦人相談所等を活用して「暴力相談支援センター」を設置、対応にあたる。新法の趣旨を生かすためにも、窓口を二十四時間開けておくぐらいの積極さと豊富な陣容を整えるべきではないか。






  <新生面> 有明海の再生

 アサリのみそ汁のにおいで目が覚めた。アサリは今が旬。殻からはみ出んばかりに太り、味もいい▼とはいってもほとんどが輸入物。日本一の産地だった有明海に、その面影はない。生活排水などによる汚染、潮流の変化、干潟の減少、乱獲など、幾つもの要因が複合した結果だろうが、有明海が変わってしまったことは歴然としている▼かつて春は有明海が一番輝く季節だった。一年で最も潮が引くこの時期、広々と現れた干潟に多くの人が出て、潮干狩りを楽しんだ。アサリ、タイラギ、カニ、シャコ、タコ…。ムツゴロウやシャミセンガイなど、この海ならではの生き物もいっぱいいた▼潟に掘ったU字型の穴にいるシャコやタコは、穴を見つければ簡単に捕まえられた。アサリやタイラギなどがいるのは砂まじりの潟と決まっていて、そこには存在を示す独特の形をした穴が無数にあって、ガンヅメでどれだけでも掘り取ることができた▼ノリ不作の原因究明策を話し合う農水省の第三者委員会が諫早湾干拓の潮受け堤防の排水門を開放して調査するよう提言した。しかし、その時期は言及しておらず、肝心なところはあいまいにして先送りした格好。干拓反対、推進のどちらの漁民もいらだちがさらに募るものだった▼諫早湾を真ん中で仕切る潮受け堤防。排水門は春がすみでぼんやりとしか見えないが、堤防の内と外では水の色がまるで違う。干拓事業に対する考えは違っても、有明海の再生を願う漁民の気持ちは同じ。堤防を造り、対立をもたらした農水省は、その願いに責任を持ってこたえねばならない。






 
 
前日までの社説・射程・新生面
 3月25日〜
 3月18日〜
 3月11日〜
 3月 4日〜
 2月25日〜
(株)熊本日日新聞社
〒860-8506 熊本県熊本市世安町172
掲載の記事、写真などの無断での使用、転載を禁じます。
著作権は熊本日日新聞社または、各情報提供者にあります。
Copyright 2001, Kumamoto Nichinichi Shimbun


<熊本グリーンページ>