天地人


発行/2001年 3月29日/北日本新聞

 あらぬ心配が先に立つ。薬害エイズ事件で千四百人以上が感染し、五百二人が亡くなっ
たのに、だれも責任を取らないことになりはせぬかと。

 業務上過失致死罪に問われた元帝京大副学長、安部英被告に無罪が言い渡された。東京
地裁の裁判長はこう述べた。「輸入非加熱血液製剤の投与で死ぬという予見可能性は低
かった。代わりのクリオ製剤では支障があり、当時、国内の大多数の専門医が投与してい
た。治療効果を考えれば、過失はない」。

 高い確率での感染まで予想できなかったから、やむをえないというわけか。被告は血友
病治療の権威であり、厚生省のエイズ研究班長として、最新情報をいち早く知る立場に
あったのにだ。患者たちにすれば「命が奪われる」可能性に低いも高いもない。「怒りで
体がふるえた」という。

 元厚生省ルートの裁判も同じ裁判長が指揮を執る。先の論法では、元担当課長も無罪に
なるのか。ミドリ十字ルートの被告たちは「回収命令がなかった」と、厚生省に責任を押
しつけ、禁固刑を不服として控訴中だ。あまり長引くようでは遺族や被害者たちもつら
い。

 彼らは犠牲者たちの鎮魂と再発防止を願って、事件の責任や問題点を訴えてきた。託さ
れた検察も、「産官学の癒着構造」だけが悪かった、では示しがつかない。





発行/2001年 3月28日/北日本新聞

 千葉県知事になる堂本暁子さんは五十代でヒマラヤの六千メートル級を制覇したとい
う。昔なら「男勝り」と呼ばれたろう。

 島倉千代子の「人生いろいろ」のように「男もいろいろ、女だっていろいろ」だ。登山
家や政治家向きの女性がいれば、こまやかな感性をもち、家事が好きな男性もいる。それ
が「男は仕事、女は家庭」というふうに「男らしさ」「女らしさ」を無理やり分けてき
た。

 堂本さんは参院議員時代から「生物多様性の保護」に力を入れてきた。生物には当然、
人間も入る。「お互いの多様性を認め合う社会にしたい」。押しつけの「らしさ」でな
く、個性を大切にする教育が知事の夢だそうだ。

 大阪、熊本に次いで三人目。「男女共同参画」がさらに進むと、堂本県政に寄せる期待
は大きい。だが、女性なら既成観念にとらわれない行政運営ができるとは限らない。実
際、独自色を出せない官僚出身の知事もいる。いろいろだ。

 女性であれ、男性であれ、利権が絡む現実で要は何ができるかだ。無党派知事として既
成政党の議会対策に孤軍奮闘を余儀なくされるだけでない。男女平等の道もまだ遠い。そ
んな二重苦が先駆けの女性たちにのしかかる。「女性知事」や「女性首相」が話題になら
ない日が来れば、日本の古い体質が大きく変わっているに違いない。


発行/2001年 3月27日/北日本新聞

 今が旬のハクサイを、氷見市藪田の国道号沿いにある特産直売所「おらっちゃの店」で
手に入れた。まず、おひたしにし、残りは油揚げの煮物に入れて、いただいた。目に鮮や
かな緑、口に含んでは、葉の根元まで柔らかな感触、上品な甘さを堪能した。

 結球しなかった「出来の悪い」ハクサイが根をつけたまま越冬。雪解けのあと、お日さ
まに誘われて顔を出した若葉たちだけに、みずみずしく甘いのもうなずける。雪の下のダ
イコンやニンジンは凍るのを避けようと甘味を増す。それと同じだ。

 春のハクサイは菜の花が咲くまでの雪国の季節限定品だ。スーパーに出回らず、生産農
家だけの秘伝味だった。最近は農家でもあまり食べない。野菜を売りに来たおばあさんが
「うちの畑においしいハクサイあるがに、嫁はスーパーに買いに行くがやちゃ」とこぼし
ていたのを思い出す。

 それにしても、春のハクサイには教えられる。「駄目」のらく印を押されても、あきら
めず、苦労を肥やしにしてやがて才能の花を開かせる。もちろん、それを見い出す人が周
りにいての話だが。

 富山県内に産直の店が増え、どこもにぎわっている。スーパーに並ぶ見栄えのいい「エ
リート」たちと違って、地域ならではの季節感ある「個性派」と出会えるのがうれしい。


発行/2001年 3月26日/北日本新聞

 先週、山田村のホームページの掲示板にアメリカからの書き込みが相次いだ。「日本に
こんな雰囲気の所があるのは予想外だった」「今度日本を訪れたとき、ぜひ行ってみた
い」。アメリカの三大テレビネットワークの一つ、ABCが山田村を取り上げたからだっ
たが、反響は大きかった。

 同放送の取材チームが訪れたのは二月初め。昨年十一月には駐日外国人記者約三十人が
訪れている。電脳村として知られる同村に視察や取材などでやってくる人は相変わらず多
い。平成八年から昨年までの五年間で五百五十件、五千六百人を上回る。

 以前は企業関係が多かったが、最近は自治体職員、議員が目立つ。各自治体が情報化に
力を入れ始めた表れだろう。かつては「どんなことをやっているのか」ということが関心
を集めたが、今は「村は、住民はどう変わったか」という質問が多い。ABCの取材もそ
うした視点だった。

 五年間で村が得たものは少なくない。パソコンの普及率が九割を超え、全国一という側
面だけではない。村民の意識も変わった。視察などで訪れた人たちとの交流も進んだ。

 最近のIT講習でも多くの村民が参加した。村の情報化が着実に進んでいることを裏付
けた。同村の蓄積と変化はなお注目の的になろう。各方面からの視察は今年も続きそう
だ。


発行/2001年 3月25日/北日本新聞

 今春、東京支社編集部に来た。ビル街と人の多さに改めて驚いた。休日、葛西の海辺の
道を歩いていて、淡く青い小さな花を見つけた。オオイヌノフグリだった。まだ冷たい風
の中で、日だまりを見つけて、小さなひとみを開いたように咲く。

 人は薄紫ともいうが、やはり幾分青味を帯て、私にはこれが春の色だと思う。数ミリの
花。長い冬の後のご褒美のようにさえ思えた。

 周りにヒメオドリコソウが、桃色の花を空に向かって広げていた。ためらうように花び
らを延ばす動きの中に、冬をようやく乗り越えた喜びを感じた。

 小さな命たちのいぶきを感じるのはいい。一人悦に入り、図鑑を見た。オオイヌノフグ
リはヨーロッパ、アフリカ原産とある。ヒメオドリコソウもヨーロッパ原産で、明治の中
ごろ日本に入ってきたという。いずれも帰化植物で、日本在来種は駆逐されようとしてい
るという。

 花に限らず、この国は外来の文化が隆盛を極めている。入り乱れ判然としない。追いつ
き追い越せと百三十年余頑張ってきた。戦後はアメリカの生活にあこがれ、一時は乗り越
えたかにみえた。いいところは取り入れる、だが少し不安になる。日本人の美徳や先祖を
敬う気持ち。少し隅に追いやられているような気がする。共存することの大切さ、一方で
この国に咲き続ける花のことも忘れたくないと思う。


発行/2001年 3月24日/北日本新聞

 ロシアの「ミール」が南太平洋に予定どおり落下した。「めでたし、めでたし」か。沈
んだ残がいや破片は放置されるのだろう。

 国際宇宙ステーションも十数年後に廃棄の運命だ。ミールの三倍以上重い。落下の際は
今回よりはらはらさせられる。宇宙空間には三千個の現役の人工衛星や六千個を越す廃棄
衛星やロケットの破片が漂っているという。

 これら「宇宙ごみ」は宇宙にある間は、現役の通信衛星や宇宙ステーションにぶつかる
おそれがある。落下した破片は途中で燃え尽きるものの、大型の衛星や宇宙ステーション
だと燃え残り、結局、今回のように「海のごみ」になる。

 海は廃棄物だらけ。二つの大戦中に沈んだ飛行機や艦船、冷戦時代に事故を起こしたり
捨てられた原潜、宇宙開発競争で打ち上げ失敗に終わったロケットなど、数多くの「戦争
遺物」が眠っている。

 ミールから地球を眺めた元TBSの秋山豊寛さんは青さが鈍いことに気づき、人間の
「食」、地球の「環境」を守るため、大地で農業をする決意をしたそうだ。その大地は地
球の三割。残る七割は海、「水球」と呼ばれるゆえんだ。海こそ人類を生み、はぐくんで
きた。そんな「母なる海」をごみや化学物質で汚すのだから、人間は「親不孝者」。度量
が広い海にも我慢の限度というものがある。


発行/2001年 3月23日/北日本新聞

 温泉や銭湯しか知らない世代はもう古い?。最近は「スパ」「クア…」などカタカナを
つけた施設が登場してきた。

 富山県西部に住む知人の失敗談。滑川市の「タラソピア」には入浴施設もあると思った
ら、水着でしか入れない深層水利用の健康・美容専用施設と分かり、すごすごと帰ってき
たという。ことほどさように、カタカナ名の施設は性格が分かりにくい。

 『タクト』(シー・エー・ピー)四月号は「スパで癒しの時間」と題して県内のお勧め
スパとクアハウスを特集している。何のことはない。要するに温泉以外に、温水プールや
テニスコートがあったり、食事ができたり、美容コースもあるといった多目的施設のこと
だった。

 スパは美容・運動目的の、クアハウスは療養・健康目的の欧米式の温泉施設だ。先の雑
誌編集者や一部の施設が両者の意味を厳格に使い分けているかどうかはともかく、温泉施
設の乱立で、付加価値の違いを競わねばならなくなった業界事情はうかがえる。

 自分の好みやサービス内容に応じて、きめ細かく施設を選べるのは大歓迎だ。だが、周
りの景色を眺めながら「いい湯だな」などと楽しむ温泉の情緒も捨てがたい。「癒し」の
時代だからといって、病院の診療科へ行くような気分になってはいささか味気ないのでは
ないか。


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