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5.3.2.6 「ネイチャー」誌昭和60年7月4日号の論文 また,ギャロ博士は,「ネイチャー」誌昭和60年7月4日号に掲載された,ロバートグロフ博士らとの共著論文「エイズ及びエイズ関連複合症の患者におけるHTLV−V中和抗体」(昭和60年1月28日受領と記載されているもの)において,次のとおり述べている。 冒頭の太字部分において,「H9細胞のHTLV−V感染を中和することができる自然抗体が,成人のエイズ患者及びARC患者の大多数に見られたが,正常で健康な異性愛の対照群には見られなかった。ARC 患者の抗体力価の相乗平均は,エイズ患者のそれの2倍であり,抗体陽性の健康な同性愛者2名ではさらに高かった。このことは,ウイルスの中和抗体が生体内で防御効果を発揮しているかもしれないことを示唆している。こうした抗体が存在していることは,HTLV−Vに対する免疫学的反応を示唆するものであり,このことは潜在的に,治療上,有利に利用できるかもしれない。ここで用いられた方法論は,将来のワクチン開発のモニターに有用であろう。」などと述べられており,また,レトロウイルスであるHTLV−T及びHTLV−Uについて,「これらに対して特異的な中和抗体は以前に認められている」などの記載がある。 本文においては,「このウイルス中和抗体が生体内での防御をもたらすのかどうか,そしてこれが将来のワクチンへ向けてのアプローチに関連するかどうかは,今後の検討課題である。他のレトロウイルスの知識から,HTLV−V中和抗体の役割は,ビスナ・ウイルスのシステムにおける中和抗体の役割に類似しているのではないかという疑問が生まれるが,このウイルスでは感染は持続的であり,これによる疾病はゆっくりと進行する。ビスナ・ウイルスによって誘導された中和抗体は,特異性の範囲が狭く,選択的な圧力をかけることにより,疾患の過程で,中和されない変異ウイルスを複製する。このメカニズムはエイズにも当てはまる可能性があるが,それは分離されたHTLV−Vは特にエンベロープ域においてゲノム変異の幅があることを示しており,また,HTLV−Vのビスナ・ウイルスとの類似性が最近示された(「サイエンス」誌昭和60年226号のゴードンらの論文参照)ためである。HTLV−V中和抗体がウイルス変異体に選択的な圧力をかけているかどうかを決定するためには,疾病のあらゆる過程にある者から,一連の分離ウイルスと血清サンプルを入手することが必要であろう。」との記載がある。 5.3.2.7 ギャロ博士の嘱託尋問調書及び陳述書 本件においては,ギャロ博士自身の本件当時を回顧した供述として,被告人に対する刑事事件の国際捜査共助手続により,平成9年2月26日,米国メリーランド州のボルチモア地区連邦検察官事務所で実施されたギャロ博士の嘱託尋問調書及び弁護人の依頼に基づき同博士が作成した陳述書が証拠として提出されている。ギャロ博士の嘱託尋問における供述のうち,抗体陽性の意味に対する当時の認識に関する部分の要旨は,次のとおりである。 「抗体検査の結果が何を意味しているか,私たちは判っていたが,公衆衛生当局者は,この時,これが何を意味しているか判らないと言っていた。この点は,安部博士のために注目すべき重要なことである。多くの米国の公衆衛生当局者は,抗体陽性が何を意味しているか判らず,おそらく保護されているのだろうと未だに議論をしていた。私たちは,最初から,レトロウイルスでは,抗体があることは感染していることであり,ウイルスが複製しつつあり,存在していることを意味すると主張していたが,この時点では,世界の誰もがこれを理解したわけではない。」 「検査結果が陽性ということは,文字どおりには,ウイルスに対する抗体を持っていることを意味する。曝露された直後であり,感染していないところで,ちょうど抗体ができたところをとらえたということはありえるが,実務的には,99.999%の場合,抗体陽性は感染していることを意味する。しかし,必ずしも全員がこのことを知り,あるいは理解していたわけではないことに注目することが重要である。私たちは判っていたし,ウイルス学の中の極めて特殊な分野であるレトロウイルス学で働いている人たちは知っていた。私たちはこのことを強調した。これに抵抗する人もいたが,それは他の種類のウイルスの経験があり,そこでは抗体を持っていることは保護されている可能性を意味したためである。これは,遺伝子の中に入り込むウイルスにはあてはまらないのである。」 また,上記陳述書には,次のような記載がある。 「HIVが科学界で原因体であると示されたのは,私たちの論文が昭和59年5月に公表された時だったのであり,この時も,そしてそのしばらく後ですら,多くの臨床医と何人かの公衆衛生当局者及び科学者たちは,血清中の抗体が陽性であることは感染を意味することを理解しませんでした。彼らは,これは曝露を示すもの,及び/又は,いくつかの微生物についてのように,感染に対する防御の証拠でありうると考えたのです。確かに,もっと専門家の人々は,レトロウイルスに対する抗体の存在は,感染を意味することを知っていました。・・・安部博士は,レトロウイルスに対する抗体が感染を意味していることを知るだけの専門家ではなく,HIVがエイズの真の原因であるとの証拠をすべて有していたわけでもないというのが,私の率直な意見です。」 検察官は,上記嘱託尋問における供述を引用して,ギャロ博士は,昭和59年末当時,「レトロウイルスでは,抗体とウイルスが同時に存在し得る」ことから,「HTLV−V抗体陽性者は99.999%HTLV−Vに感染している」ものと認識し,その旨を強調していたものであると主張している(論告要旨154頁)。しかし,既に見てきたとおり,本件訴訟に証拠として提出された本件当時までのギャロ博士の論文や発言中には,そのような「認識」を同博士が明示的に述べたものは見当たらず,せいぜいそのような認識をうかがわせるものとして,例えば,昭和59年9月のランセット論文における「(研究対象となった抗体陽性の男性同性愛者のうち)リンパ球サブセットが変質しているだけの者は,彼らが実際に感染性HTLV−Vあるいはその抗原を有しているか否かについて更なる実験室検査を要するであろうものの,おそらく臨床的に健康な“ウイルスキャリア状態”である。」という記載等が見当たるにすぎない。これらの証拠から見る限り,ギャロ博士の「強調」は,仮にそれが本件当時までの時点にあったと仮定しても,我が国の研究者に対してまでは伝わっておらず,米国の公衆衛生当局者らの範囲にとどまっていたものであり,しかも,その公衆衛生当局者も,ギャロ博士の見解に必ずしも賛同してはいなかったものと考えざるを得ない。のみならず,かえって,上記「ブラッド」誌論文や「JAMA」誌論文によれば,同博士は,血友病患者の抗体陽性については,「不完全な感染力のない抗原」によって生じている可能性をも想定していたものと考えざるを得ない(念のため付言すると,ギャロ博士の上記嘱託尋問における指摘は,遺伝子の中に入り込むというレトロウイルスの性質を根拠とするものであるが,感染性のあるウイルスでなく不完全な抗原により抗体陽性となるという可能性は,このようなレトロウイルスの性質を前提としても,否定されないと考えられる。)。他方において,ギャロ博士は,昭和60年10月に熊本で開催された日本臨床血液学会総会において,HTLV−Vの性質やエイズとの関係について特別講演をし,その際に,HTLV−V抗体陽性とウイルス現保有が一致しているという趣旨のことなどを話し,長尾医師,神谷医師ら出席者に対し,それまでの疑問が氷解したという強烈な印象を与えたことが認められる。すなわち,現実にも,ギャロ博士はHTLV−Vの性質やエイズとの関係について先駆的な知見を我が国の研究者らに伝えて大きな影響を及ぼしたことが認められるのであるが,上記講演は本件当時より後の時点のことである。そして,この講演内容と比較すると,上記の高松宮妃シンポジウムにおける講演内容は,HTLV−Vがエイズの原因であることを強調することが主眼とされたものであり,相当に異なるものであったといわざるを得ない。 さらに,HIV抗体陽性者(感染者)からのエイズ発症率に関する認識については,嘱託尋問では質問自体がされていないが,ギャロ博士が,陳述書において,昭和59年9月の「ランセット」論文について,同論文の対象者は,健康な男性同性愛者ではなく,一般医による治療を必要と感じていた男性同性愛者である旨を述べていることは,控え目に見ても,この論文のデータを一般化してHIV感染者からのエイズ発症率を論ずることには否定的な見解を抱いているものと考えるのが自然である。 5.3.3 モンタニエ博士らのグループの見解 モンタニエ博士,シヌシ博士ら,パスツール研究所の研究者グループも,本件当時ころ発表していた論文等が本件において多数証拠請求されている。モンタニエ博士及びシヌシ博士のHIV抗体陽性の意味やHIVの性質に関する本件当時ころの認識は,次のとおりであると認められる。
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