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薬害エイズ 阿部元帝京大副学長判決要旨毎日の視点へ毎日の視点
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5.4 T4/T8比低下の意味付け
 また,検察官は,帝京大学病院においてギャロ検査結果到着直後に行われた血友病患者のT4/T8比調査により,被告人らが,「HIV抗体陽性者の中にはT4/T8比が著明に低下してエイズ発症の切迫した危険を有する患者が存在することを具体的データによって認識した」と主張する。
 しかし,この検察官の主張及びそれに沿うかのような木下医師及び松田医師の証言は,(1)本件当時にそのような認識を論文等で発表していたわけではなく,むしろ,そのころ被告人ら血液研究室グループが発表していた論文等の記載内容には相反するものであること,(2)本件当時の他の研究者の認識に照らしても不自然であること,(3)被告人が退官した後の本件被害者に対する治療方針に照らしても,木下医師や松田医師がその証言するような危険性認識を有していたとみるのは不自然であること,(4)いわゆる帝京大1号・2号症例は,T4/T8比の低下が臨床症状の出現に先行したケースとは評価し難いことなどに照らし,採用できない。

5.5 HIVの感染の可能性
 検察官は,被告人が,本件当時,外国由来の非加熱製剤の投与をなお継続すれば,HIV未感染の血友病患者をして「高い確率で」HIVに感染させることを予見し得たと主張する。これに対し,弁護人は,ギャロ検査の結果から計算しても非加熱製剤のうちウイルスに汚染された製剤の割合は0.3%であり,米国でドナースクリーニングが実施されるようになってからは更にこれが低下していたなどと主張する。
 そこで検討するに,ギャロ検査の「48名中23名の抗体陽性」などから直接的に導かれる感染率は長期間の頻回輸注による累積感染率であり,単回感染率は極めて低かったという弁護人の主張は,基本的には正しいものを含んでいる。仮に抗体陽性を感染と同義に捉え,いったん感染が成立すればその後も感染が続くという前提に立つとすれば,累積感染率と単回感染率との関係は,各投与において感染しない確率(1−単回感染率)を投与回数だけ乗じたものが,当該投与期間において最終的に感染を受けなかった確率(1−累積感染率)に等しいことが,数学的に明らかであり,関係証拠により推認されるギャロ検査対象患者の非加熱製剤投与回数等に照らせば,単回感染率は弁護人の主張に近いものであったと考えられる。もっとも,本件における被告人の判断の適否を検討する上では,単回感染率そのものではなく,被告人が治療方針を転換したとすれば,それが実施に移されたであろう時点以降の累積感染率が問題であるとも考えられるが,その場合には,血友病患者の出血に対し非加熱製剤を投与しないことによるマイナス面も,投与1回当たりのそれではなく,そのような方針が継続的に維持されることによる不利益が比較衡量の対象となる。そして,この累積感染率を問題にするとしても,今後も投与を継続すれば23/48の確率で未感染者を感染させるということにならないことはいうまでもない。
 関係証拠により認められる現在の知見によれば,我が国の血友病患者におけるHIV感染のピークは昭和57年ないし昭和58年であったと認められ,帝京大学病院における抗体検査結果データに照らしても,本件当時(すなわち昭和59年11月末ころから昭和60年5月12日まで)の非加熱製剤によるHIV感染の客観的な危険性は,正確に認定することは不可能であるものの,単回感染率はもとより検察官が主張する全期間を通じた累積感染率においても,高いものであったとは認め難い。したがって,本件公訴事実中の「被告人が,非加熱製剤の投与をなお継続すれば,HIV未感染の血友病患者をして高い確率でHIVに感染させることを予見し得た」という部分は,その前提となる「高い確率でHIVに感染する」という客観的事実自体が認め難いといわざるを得ない。
 なお,昭和61年ころまでの被告人の著書を含めた諸文献においては,HIVの感染の成立には繰り返し反復して曝露されることが必要である,生体内に入ってもすぐには抗原とならず半年以上もかけてゆっくりと抗体を作るなどという記載が見られ,HIVの感染に関する認識についてもかなりの混乱があったものと認められる。

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