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(主文) 被告人は無罪。 (理由の骨子) 1 検討に当たっての基本的視点 本件は,血友病患者である被害者が大学病院で非加熱濃縮血液凝固因子製剤(非加熱製剤)の投与を受けたところ,同製剤がエイズ原因ウイルス(HIV)に汚染されていたため,やがてエイズを発症して死亡したとして,同病院で科長等の立場にあった被告人が業務上過失致死罪に問われている事案である。本件当時,血友病につき非加熱製剤によって高い治療効果をあげることと,エイズの予防に万全を期すこととは,容易に両立し難い関係にあった。このため,最先端の専門家がウイルス学的な解明をし,これを受けて血友病治療医が具体的な対処方策を模索していた。本件は,未曽有の疾病に直面した人類が先端技術を駆使しながら地球規模でこれに対処するという大きなプロセスの一断面を取り扱うものである。したがって,その検討に当たっては,全体を見渡すマクロ的な視点が不可欠であるが,それと同時に,時と所が指定されている一つの局面を細密に検討するミクロ的な視点が併せて要請される。また,この問題については,数多くの資料が存在するが,事実認定に当たっては,当時公表されていた論文など確度の高い客観的な資料を重視すべきである。事後になされた供述等については,その信用性を慎重に吟味する必要がある。 2 予見可能性について ギャロ博士,モンタニエ博士らのウイルス学的研究等により,本件当時,エイズの解明は,目覚ましく進展しつつあった。しかし,両博士を含む世界の研究者がそのころ公にしていた見解等に照らせば,本件当時,HIVの性質やその抗体陽性の意味については,なお不明の点が多々存在していたものであって,検察官が主張するほど明確な認識が浸透していたとはいえない。帝京大学病院には,ギャロ博士の抗体検査結果やエイズが疑われる2症例など同病院に固有の情報が存在したが,これらを考慮しても,本件当時,被告人において,抗体陽性者の「多く」がエイズを発症すると予見し得たとは認められないし,非加熱製剤の投与が患者を「高い」確率でHIVに感染させるものであったという事実も認め難い。検察官の主張に沿う証拠は,本件当時から十数年を経過した後に得られた関係者の供述が多いが,本件当時における供述者自身の発言や記述と対比すると看過し難い矛盾があり,あるいは供述者自身に対する責任追及を緩和するため検察官に迎合したのではないかとの疑いを払拭し難いなどの問題があり,信用性に欠ける点がある。被告人には,エイズによる血友病患者の死亡という結果発生の予見可能性はあったが,その程度は低いものであった。このような予見可能性の程度を前提として,被告人に結果回避義務違反があったと評価されるか否かが,本件の帰趨を決することになる。 3 結果回避義務違反について 医療行為は,一定の危険を伴うが,治療上の効能,効果が優るときは,適切と評価される。本件においては,非加熱製剤を投与することによる「治療上の効能,効果」と予見することが可能であった「エイズの危険性」との比較衡量,さらには「非加熱製剤の投与」という医療行為と「クリオ製剤による治療等」という他の選択肢との比較衡量が問題となる。刑事責任を問われるのは,通常の血友病専門医が被告人の立場に置かれれば,およそそのような判断はしないはずであるのに,利益に比して危険の大きい医療行為を選択してしまったような場合であると考えられる。他方,利益衡量が微妙であっていずれの選択も誤りとはいえないというケースが存在することも,否定できない。 非加熱製剤は,クリオ製剤と比較すると,止血効果に優れ,夾雑タンパク等による副作用が少なく,自己注射療法に適する等の長所があり,同療法の普及と相まって,血友病患者の出血の後遺症を防止し,その生活を飛躍的に向上させるものと評価されていた。これに対し,非加熱製剤に代えてクリオ製剤を用いるときなどには,血友病の治療に少なからぬ支障を生ずる等の問題があった。このため,本件当時,我が国の大多数の血友病専門医は,各種の事情を比較衡量した結果として,血友病患者の通常の出血に対し非加熱製剤を投与していた。この治療方針は,帝京大学病院に固有の情報が広く知られるようになった後も,加熱製剤の承認供給に至るまで,基本的に変わることがなかった。こうした当時の実情に照らせば,被告人が非加熱製剤の投与を原則的に中止しなかったことに結果回避義務違反があったと評価することはできない。 4 被告人の刑事責任について 血友病治療の過程において,被害者がエイズに罹患して死亡するに至ったという本件の結果は,誠に悲惨で重大である。しかし,開かれた構成要件をもつともいわれる業務上過失致死罪についても,犯罪の成立範囲を画する外延はおのずから存在する。生じた結果が悲惨で重大であることや,被告人に特徴的な言動があることなどから,処罰の要請を考慮するのあまり,この外延を便宜的に動かすようなことがあってはならない。関係各証拠に基づき具体的に検討した結果によれば,被告人に過失があったとはいえない。
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