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薬害エイズ 阿部元帝京大副学長判決要旨毎日の視点へ毎日の視点
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5.3.3.1 モンタニエ博士の見解
(1) モンタニエ博士は,昭和59年11月の高松宮妃シンポジウムにおける発表において,多くのデータを示して「LAVが真にヒトにおけるエイズ及び関連症候群の原因因子であることは明らかである。」旨を述べたが,その最後の部分では,次のように述べている。
「それでも,LAVが不顕性の感染をも引き起こし得,幾人かの個人においては,少なくとも年単位で潜伏状態に止まることも明らかである。その後のLAS又はエイズ発症に寄与するコファクターは,現在のところ分からない。多分,LAVのDNAが組み込まれたリンパ球を活性化し,ウイルス発現の引き金を引いて,他の活性化された未感染リンパ球に拡散させるものがあるのであろう。また,成熟したT4陽性リンパ球以外の細胞が,ウイルスの貯蔵庫になっている可能性もある。これらの質問に対する解答は,臨床家,ウイルス学者,免疫学者及び分子生物学者の共同研究プログラムによってもたらされるであろう。」
 すなわち,ここでは,HIV(LAV)に感染しても何らの症状を呈しない(不顕性感染)ことがあること,リンパ節腫大症候群(LAS)又はエイズ発症に寄与するコファクターがあり,ウイルス発現の引き金を引くと想定されるが,それが何であるかは今後の研究によって解明されるであろうことが述べられている。
(2) また,モンタニエ博士は,昭和61年7月30日発行の著書「すべての疑問に答える」において,次のように述べていた。
「エイズウイルスは,おそらくかなり長期間にわたって感染細胞の染色体の中に潜んでいる能力があり,この性質から,ウイルス感染の始まりから病気の発現までの長い潜伏期間が説明できる。同時に,まだ明らかでない要因の影響で,突然,細胞の中でウイルスが目覚め,ひとりでに激しく増殖し始めるが,この状態のもとでは,ウイルスが寄生する細胞の生存と両立せず,細胞が破壊される。エイズの場合には,免疫防御の崩壊の始まりはウイルスの出現の時期に対応する。」
 この記述は,HIVの試験管内における激しい細胞傷害性と生体でのエイズ発症までの長い潜伏期間の存在との関係を,潜伏期間の間はプロウイルスとして感染細胞の染色体の中に潜んでおり,疾病の発現の段階でウイルスが増殖を始めて感染細胞を破壊するという仮説で説明しようとしたものと理解される。しかし,HIV感染症に関する現在の知見では,いわゆる無症候キャリアの時期にもT4細胞は長期間にわたって少しずつ低下を続け,それが一定程度以下に低下するとARC,次いでエイズの臨床症状を発症すると解されているところ,この著書の説明によっては,このような現実の経過を十分に説明することはできないといわざるを得ない。
(3) また,昭和61年発行の「病理と臨床」に掲載された長尾大医師の論文「AIDSの免疫不全」は,HIV感染とエイズ発症との関係に関するモンタニエ博士らのグループの当時の見解について,次のように紹介している。
「HIVの分離培養において,HIVに曝露したT4細胞の一部(5〜15%)だけが蛍光抗体法で染まること,また,PHAや抗原で刺激されたT4細胞だけがウイルスを放出することから,モンタニエらは次のように考えている。すなわち,HIVの初期感染後に,HIV感染が繰り返し起こるか,あるいはT4細胞を活性化するような抗原刺激が繰り返されると,T4細胞が活性化され,それに引き続いてウイルスが増殖し,その結果ウイルス感染が拡大すると思われる。この段階では,リンパ節に限局しており,リンパ節腫大が主な病変である。しかし,ウイルス感染が拡大して,骨髄の前駆細胞を含めてすべてのT4細胞が感染を受けるようになると,不可逆的なAIDSになるであろう。しかし,抗原刺激などが多くなければ,ウイルス遺伝子は発現することなく,無症状の保因者を続けることができるであろう。」
 ここでは,モンタニエ博士らの特定の論文は引用されていないが,長尾医師が何の根拠もなくこのような記載をするとは考えられないから,当時実際にこうした見解が発表されていたものと認められる。また,ここで推論の前提として指摘されている「HIVの分離培養において,HIVに曝露したT4細胞の一部(5〜15%)だけが蛍光抗体法で染まること」や「PHAや抗原で刺激されたT4細胞だけがウイルスを放出すること」という事実は,当時の我が国のHIV研究の最先端にあったウイルス学者の論文でも同旨が指摘されており,当時の最先端研究者において,広く認識されていた知見であったとみられる。
(4) ところで,モンタニエ博士は,平成6年に出版され,平成10年に日本語訳が刊行された著書「エイズウイルスと人間の未来」において,昭和60年ころの抗体陽性の意味に関する自身の認識について,次のように述べている。
「『血清陽性』の概念についても不確かなことばかりだった。抗体はいったい感染者を保護しているものなのか,それともエイズの証拠に過ぎないものなのか? 1985(昭和60)年7月においてさえも,HIVに対する『血清陽性』の真の意味ははっきりしていなかった。陽性の人は抗体で保護されているのかどうか,エイズに進行するのか,エイズウイルスを感染させる能力をもっているのか,などについて確信をもって語ることはできなかった。この時期に至るまで,『健康なキャリア』と呼んでいたのである。最初の正確な情報を私たちが手にしたのは昭和60年のことだった。それは,昭和54年からサンフランシスコの同性愛者たちを対象として実施されたB型肝炎に関するコホート研究のデータだった。私たちはそれによって,陽性者の10%が5年以内にエイズを発症するということを知った。ほかの人たちはどうなるんだろう? まだ十分な時間も経っていないので,それは分からないことだった。しかしこの時,陽性者が持っていた抗体はエイズウイルスを中和する力がほとんどないことを確認したのである。」
 以上のとおり,モンタニエ博士は,昭和60年7月まで,HIV抗体陽性者が,抗体で保護されているのかどうか(抗体陽性の第3の意味に関連)やHIVを他人に感染させ得るのかどうか(抗体陽性の第1の意味に関連)などについて,確信をもって語ることができなかったこと,昭和60年に米国の同性愛者のコホート研究のデータを知って,抗体にはHIVを中和する力がほとんどなく(抗体陽性の第3の意味に関連),抗体陽性者の10%が5年以内にエイズを発症すると知ったが,他の90%が将来どうなるかは分からなかった(抗体陽性の第2及び第4の意味に関連)ことを認めている。

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