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薬害エイズ 阿部元帝京大副学長判決要旨毎日の視点へ毎日の視点
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5.3.4 米国CDCあるいはエバット博士の見解
 米国CDCは,エイズの発生当初から本件当時に至るまで,エイズの浸淫状況について,世界で最も早くかつ充実した情報を収集し,これをその週報である「MMWR」誌により世界に発信していた機関であり,エバット博士は,その中心的立場で活躍していた研究者であった。検察官は,論告の多数の箇所において,エバット博士の第4回血友病シンポジウムにおける発言や「MMWR」誌の記事を引用して,HIV抗体陽性の意味に関する自身の主張の根拠となるものであると主張する。
 そこで,米国CDCあるいはエバット博士の,HIV抗体陽性の意味やHIVの性質等に関する本件当時ころの見解について,本件訴訟に提出された当時の文献をもとに検討する。

5.3.4.1 「MMWR」誌昭和59年7月13日号
 「MMWR」誌昭和59年7月13日号の記事は,HTLV−VとLAVは,おそらく同一のウイルスと思われるとして,このウイルスを「HTLV−V/LAV」と総称し,HTLV−V/LAVの抗体検査結果などを紹介したものであるが,末尾の「編集者ノート」においては,次のとおり述べている。
「これらの報告は,エイズの発症者が増加している集団においては,エイズの発症それ自体よりも,ウイルスに曝される事態が非常によく起こっていることを証明している。仮にエイズが他の多くの感染症と同じパターンをたどると仮定すると,感染に対する宿主側の反応は,潜伏性のものから重篤なものにわたることが当然予測される。これらのグループについては,エイズ関連症候群であるリンパ節腫脹,免疫異常の存在が報告される頻度が高いことから,エイズについては,より軽い症候状態が存すると疑われている。これらのデータは,ハイリスクグループの限定された検体に基づくものであるが,HTLV−V/LAV感染に対する宿主側の反応範囲は,広いであろうことを示唆している。」
「抗体陽性の検査結果が,当該検査対象者に対して持つ意味は,それほど明確でない。ある者たちについては,抗体陽性の検査結果は,抗原的に関連するウイルス感染により,あるいは,検査における非特異的因子により,偽陽性(false positive)となった可能性がある。抗体検査における偽陽性の出現頻度とその原因を見極めることは,検査結果を適正に解釈するために重要であるが,これは今後の課題であ・・・る。」
「エイズに罹患する危険性の大きい集団において,ほとんどの個人が抗体陽性であることは,多分,当該個人が,ある時点においてHTLV−V/LAVに感染したことを意味するであろうと思われる。血清学的検査のみに基づいては,当該個人が現在も感染しているのか免疫が成立しているのかは不明である(HTLV−V/LAVは,抗体が存在する場合も存在しない場合も分離されているので)が,抗体陽性者におけるウイルスの頻度は未確定である。ウイルスが検出され得る者を含めて,抗体陽性者であって,軽い症候を呈している者ないし無症候者の予後は不明瞭なままである。生命を脅かすエイズが発症するまでの潜伏期間は,1年から4年以上にわたっている。」
 すなわち,ここでは,HTLV−VとLAVの同一性についてはこれを肯定する立場を採る一方で,抗体陽性という検査結果の解釈については,第1に,他のウイルス感染や非特異的な因子による偽陽性の可能性を指摘し(抗体陽性の第1の意味に関連),第2に,偽陽性ではなくHTLV−V/LAVの(過去の)感染によるものであったとしても,現在も感染しているのか免疫が成立している(いったんは感染が成立したもののウイルスが免疫により駆逐されたという意味と解される)のかは不明であるとし(抗体陽性の第1の意味に関連),第3に,ウイルスが検出され得る(すなわち,現在もウイルスに感染している)者も含めて,軽い症候を呈している者や無症候者の予後については不明瞭である(抗体陽性の第2ないし第4の意味に関連)旨が述べられている。

5.3.4.2 「MMWR」誌昭和59年10月26日号
 「MMWR」誌昭和59年10月26日号は,「血友病患者におけるエイズの最新情報」と題する記事を掲載した。この記事の中では,濃縮製剤の投与を受けた者の抗体検査結果について,「CDCは,米国供血者の血液を原料とする濃縮凝固第8因子製剤の投与を受けた200名以上の者及び濃縮凝固第\因子製剤の投与を受けた36名の者について研究した。エイズウイルスに対する抗体陽性者の率は,濃縮第8因子製剤の投与を受けた者については74%,濃縮第\因子製剤の投与を受けた者については39%であった。」というデータを紹介しつつ,「血清の抗体陽性者について,どのようなエイズの危険があるかは将来の評価によってのみ決せられるであろう。」と述べて,濃縮製剤の投与を受けた抗体陽性者のエイズの危険についてはやはり不明であるという立場を採っている。

5.3.4.3 「MMWR」誌昭和60年1月11日号
 「MMWR」誌昭和60年1月11日号は,「提供される血液・血漿のエイズ原因ウイルス抗体検査によるスクリーニングに関する公衆衛生局の組織間暫定勧告」と題する記事で,エイズ原因ウイルス(HTLV−V)の抗体検査,ウイルス分離,ウイルスの伝播形態,感染の自然史(ナチュラル・ヒストリー)等に関するデータを紹介した上,血液及び血漿のスクリーニングに関する勧告及び個人に対する勧告を掲載している。
 「ウイルス分離の研究」の項では,「HTLV−Vは,血液,精液及び唾液から分離されており,抗体を有する多くの者から検出されている。HTLV−Vは,エイズ患者,リンパ節腫脹を有する患者又はその他のエイズ関連症状を呈する患者であって,抗体陽性である者のうち,85%ないしそれ以上の者の血液から分離されるとともに,エイズを発症している幼児の母親4名中3名からも分離されている。ウイルスは,抗体陽性であるが無症候状態にある男性同性愛者や同様の状態にある血友病患者からも分離されている。また,輸血を介してエイズの伝播に関与したと思われる抗体陽性であるハイリスク供血者の95%からもウイルスが分離されている。最初の供血から2年以上を経過しているハイリスク供血者からHTLV−Vが分離されていることは,無症候状態の者及び症状を呈している患者の双方において,ウイルス血症が何年間にもわたり存続することについての証拠を提供するものである。」などとしているが,他方において,「血液及び血漿のスクリーニング」の「供血者への告知」の項では,「現在のところ,抗体陽性の供血者の中でHTLV−Vに感染している者の割合は明らかでない。したがって,抗体陽性の検査結果は予備的なもので,真の感染を表すものではないかもしれないことを供血者に強調することが大事である。」としている。
 抗体陽性者の予後については,「感染の自然史」の項において,「いくつかの研究によれば,抗体陽性の男性同性愛者の5〜19%が,既入手の血清検体につき遡及的に検査した結果,抗体陽性であることが判明した時点から2〜5年以内にエイズを発症させている。同じ期間内に,さらに25%が全身リンパ節腫脹,口腔カンジダ症又はその他のエイズ関連症状を発症させている。」というデータを紹介しながら,それに続けて,「HTLV−Vに感染した者の大多数についての長期予後は不明である。」と述べている。また,「個人に対する勧告」の項では,HTLV−Vに感染している可能性が高いと判断された者に対して与えられなければならない情報と助言として,「HTLV−Vに感染した者の長期予後は不明である。しかしながら,男性同性愛者について行った研究から得られるデータによれば,ほとんどの者について感染が持続している。」,「抗体陽性者は無症候状態であってもHTLV−Vを他人に伝播し得る。無症候状態の者についても定期的に医師の診断を受け,経過観察することが勧められなければならない。」などが挙げられている。
 この記事は,昭和60年1月時点においてCDCが入手していた情報を,総括的に整理した報告とみられるものであるが,エイズやエイズ関連症状を有する抗体陽性者からのウイルス分離率が高く,無症候の抗体陽性者からもウイルスが分離されていること(抗体陽性の第1の意味に関連),男性同性愛者の研究ではほとんどの者について感染が持続していること(抗体陽性の第2の意味に関連),抗体陽性の男性同性愛者の5〜19%がエイズを発症していること(抗体陽性の第4の意味に関連)などのデータを紹介しながら,それでもなお,抗体陽性者中のHTLV−V感染者の割合は明らかでなく,抗体陽性の結果は真の感染を表すものではないかもしれない(抗体陽性の第1の意味に関連),HTLV−V感染者の長期予後は不明である(抗体陽性の第2ないし第4の意味に関連)などと述べられている。
 なお,上記の抗体陽性男性同性愛者のエイズ発症データは,他の研究者の研究の引用であることが明らかであるが,同誌が引用している文献の1つは前記5.3.2.1のギャロ博士らの昭和59年9月のランセット論文であり,今1つはDarrow博士らの論文“Acquired immunodeficiency syndrome (AIDS) in a cohort of homosexual men”であるところ,後者は本件証拠関係に見当たらないので,その科学的意義を正確に位置付けることはできない。

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