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朝刊記事
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平成 13年 (2001) 3月29日[木] 先勝

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主張 控訴審で疑問点の究明を

【薬害エイズ判決】
 薬害エイズ事件で業務上過失致死罪に問われた安部英被告(元帝京大副学長)に対し、東京地裁は無罪判決を言い渡した。感染を予見する可能性はあったが、その危険を回避する義務違反には当たらないと認定している。微妙な判断だけに、控訴審で疑問点を究明すべきだ。

 判決は当時の医学水準から厳格に刑事責任を判断したもので、社会的、道義的な責任とは異なる。永井敏雄裁判長は、生じた結果が悲惨で重大であることや被告の特徴的な言動などから、処罰の要請を考慮して判決が影響されてはならない、と国民の感情的な反発を戒めている。指摘はその通りで、判決を冷静に受けとめたい。

 裁判は、昭和五十九年十一月の時点で、非加熱製剤の投与によるエイズウイルス(HIV)感染の危険性が予知できたかどうかが最大の争点だった。判決は、当時公表されていた論文など確度の高い客観的な資料を重視し、HIVの性質などについては不明な点が多く、HIV感染の予見可能性はあったが、その程度は低いと判断した。

 検察側の切り札は、安部被告が昭和五十九年九月に、米国の専門家、ギャロ博士に血友病患者の血清を送り、HIV抗体検査を依頼し、四十八人中二十三人が陽性だったことである。判決は、これを考慮しても事件当時、抗体陽性者の多くがエイズを発症すると予見できたとは認められないとして、検察側の主張を退けた。

 とくに、検察側の証拠は事件から十数年後に集めた関係者の供述が多く、当時の発言や記述と矛盾があると指摘している。公判では、安部被告の弟子に当たる帝京大教授が、危険性を認識し非加熱製剤からクリオ製剤へ切り替えるよう進言したものの聞き入れてくれなかったと証言した。

 しかし判決は、証言内容と当時の論文や発言が食い違うことなどを理由に、「供述者は自分に対する責任追及を緩和するため検察官に迎合したのではないかとの疑いも払拭しがたい」と厳しく切り捨てた。

 もっとも、帝京大に限らず教授を頂点とする医学部の抜き難い権威主義が被害を拡大した可能性も否定できないのではないか。相次ぐ医療ミスの原因の一つとして、医学部の体質が指摘されるのもゆえなしとはしない。

 安部被告は昭和五十八年六月のエイズ研究班会議で、非加熱製剤により「あすにも(エイズ)患者が出るかもしれない」と発言するなど、危険を予知していたとする検察側の主張にも説得力がある。二審で審理を尽くし、薬害の再発防止に役立ててほしい。

主張 責任の放棄は許されない

【諫早水門開放】
 雲仙岳を望む長崎・諫早湾の奥部に広がる干拓地に立つと、着工以来十五年の歳月と二千億円を超す巨費を投じた干拓事業の規模の大きさが実感として迫ってくる。

 約千五百ヘクタールという広大な干拓地では、二年後の農地分譲開始に向けて、野菜や大豆などの試験栽培が進められている。この完成を目前にした国営諫早干拓事業が、有明海の養殖ノリ不作の原因究明を理由にした潮受け堤防の水門開放の決定で、再び海面下に消えかねない危機に直面している。

 農水省の調査検討委員会の提言を受けた措置とはいえ、背景には参院選を前に有力な支持組織であるノリ養殖漁民との関係悪化を避けたいとの自民党の政治的思惑がある。

 農水省では「干拓事業の中止はありえない」としているが、事業推進を訴えている長崎県などでは、公共事業見直し論議の高まりの中で、農水省が「全面撤退のチャンス」とばかりに、事業から手を引くのではないかと警戒する声も聞かれている。

 因果関係もはっきりしないノリ不作や、「ムツゴロウを救え」といった情緒的な批判に便乗する形で、国民の血税をつぎ込んだ干拓地を、あっさり干潟に戻すようなことになれば、取り返しのつかない“壮大なムダ”を生むことになる。責任の放棄は決して許されることではない。ノリ不作の原因究明に水門の一時的な開放はやむを得ないとしても、あくまで干拓地は先端農業基地として活用することを大前提に、影響を極力抑える工夫が必要だ。

 有明海のノリ不作については、学者の間でも、熊本港の新港突堤工事や沿岸各地の埋め立て、河川の堰建設、三池炭鉱坑道の陥没による潮流・海底地形の変化など様々な要因が指摘されている。

 諫早干拓地を“主犯”と決め付けた調査は、漁民たちが「宝の海をかえせ」と叫ぶ有明海全体の浄化をかえって遅らせることになりかねない。

 諫早干拓事業は、洪水多発地帯の諫早地方の災害を抑止する防災機能としての役割も大きい。

 「農地余り時代の農地造成」に問題点の多いことは事実だが、世界的な食糧難が深刻化する中で、優良生産地の確保と意欲あるプロ農家の育成は重要な課題だ。とくに、県土の四五%が離島のうえ、起伏に富む地形で平坦地の少ない長崎県にとって、生産性の高い農地造成は地域振興の柱である。

 干拓事業に反対するだけの民主党なども無責任のそしりは免れない。与野党ともに、国民の負担とニーズに応える活用を真剣に考えるときだ。