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薬害エイズ 阿部元帝京大副学長判決要旨毎日の視点へ毎日の視点
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5.3.4.5 エバット博士の昭和60年前半当時の論文
(1) エバット博士は,「NEJM」誌昭和60年2月21日号に掲載された共著論文において,次のとおり述べている。
「血清陽性に付随する免疫異常は,LAV感染に対して多様な反応がありうることを示すから,個々の血友病患者にとってLAVの血清陽性であることの意味は不明である。血清陽性は,患者が生きたウイルスに感染していて将来エイズ症候群にかかりうることか,エイズに免疫になっていることを意味すると思われる。エイズの潜伏期は1年から5年に及ぶと考えられており,血清が陽性となった患者の大部分は1年から2年しか追跡調査されていない。血清陽性で軽微な病状ないし無症状の者の予後は,長期の評価を必要とするであろう。LAV抗体が濃縮第8因子製剤中の免疫グロブリンによって受動的に獲得された可能性はある。しかし,血友病患者は非常に多様な治療を受け,異なったロットの濃縮製剤の投与を受けているのに,血清陽性の出現は時間的に均一であるから,このような可能性はありそうにない。同様に,血清陽性が,感染性のあるウイルスによってではなく,血漿を濃縮第8因子製剤に処理する過程で破壊されたウイルスから生じた感染性のないLAV又はLAVプロテインにって生じた可能性はある。しかし,この説明は,すべての血清陽性を説明するものではない。なぜなら感染力のあるLAVが血友病患者から分離されているからである。」
 すなわち,この論文において,エバット博士は,血友病患者のHIV抗体陽性の意味について,生きたウイルスに感染していることと,免疫が成立していることの双方の可能性を認め(抗体陽性の第1及び第3の意味に関連),濃縮第8因子製剤中の免疫グロブリンによって受動的に抗体が獲得された可能性には否定的な立場を採りながら,感染性のないウイルス等によって生じた可能性は否定しておらず,「感染力のあるLAVが血友病患者から分離されている」事実は,そうした解釈ですべての抗体陽性を説明することができない理由とはされているものの,逆にすべての抗体陽性血友病患者が感染力のあるHIVを保有しているなどという推測をしているわけではない。
(2) エバット博士は,「ブラッド」誌昭和60年6月号(65巻6号)に掲載された共著論文「抗体陽性の若年血友病患者の末梢リンパ球中のLAV/HTLV−Vの存在」(同年1月28日提出,3月12日アクセプト)において,19名の抗体陽性の若年血友病患者の末梢リンパ球についてウイルスの存否を検査したところ,うち6名からウイルスが分離されたこと,これらの患者の中でエイズ又はエイズ関連症候群になった者はいないが,リンパ節腫脹症等を呈している者はいること等のデータを記載し,次のように問題提起をしている。
「LAV/HTLV−Vに対する抗体を有し,したがってこのウイルスの感染を受けたことのある(弁護人の訳によるものであり,これに対し,検察官は『感染している』と訳している。原文は“have therefore been infected with the virus”であり,この英語自体はいずれの意味にも解されうるが,本論文の後述部分では『有効な免疫応答を備え,その結果,ウイルス感染が排除される』者の存在を想定していることに照らすと,検察官の訳文は採用できない。)個人が,この抗体の存在と同時に循環リンパ球中にウイルスを保持し続けているかという問題が生じている。」
 そして,「検討」の項において,次のように述べている。
「今回の研究は,LAV/HTLV−Vに対する循環抗体を持つ血友病患者中の相当数(今回の組では33%)が,共同培養で他の細胞への感染力を有する,ウイルスに感染した循環リンパ球をも保有していることを示している。・・・この群が臨床的な変化,血清陽性,ウイルス持続を今後も表すと予測することは合理的であろう。しかし,エイズやエイズ関連複合症が表われるかどうかを予測することは不可能である。」
「LAV/HTLV−V抗体陽性の患者で,これ以外の者は,培養においてウイルスを示さなかった。これらの患者はほぼ同数の2つのグループに分けられる。1つのグループは臨床的な変化を何も見せず,他のグループはリンパ球増殖性反応を見せている。これらの患者の一人は,1978年という早い段階で保存されたサンプル中にLAVを有していたことが分かった。」
「今回の研究は,このウイルス(LAV/HTLV−V)に感染したことに対する免疫的及び臨床的な応答の範囲が幅広いことも示している。これらの下位集団のいずれについても,その最終的な結果は不明であるが,他の高リスク・グループについて血清陽転後の2ないし5年間になされた初期の観察を基にすると,ある者はエイズを発症し,ある者はエイズ関連複合症を示し,ある者は無症候性のキャリアとなり,ある者はおそらく有効な免疫応答を備え,その結果,ウイルス感染は排除される,と予測することは合理的である。考えられるいくつもの長期的な結果の中でどうなるかを明らかにするのは,長期間にわたる研究によってのみである。」
「重症の血友病患者は,2万人もの多数者から収集された血漿プールから製造された濃縮凝固因子製剤を頻繁に使用する必要がある。これらの患者は,したがって,LAV/HTLV−Vの再感染の危険を冒している。このレトロウイルスへの再感染が,病気の臨床的な経過や,抗体発見ないし培養中のウイルス分離の能力にどのような役割を有しているかは不明である。」
 すなわち,エバット博士はこの研究において,HIV抗体陽性の血友病患者のうち,感染力を有するウイルスに感染した循環リンパ球を保有している約1/3の患者群については,抗体陽性やウイルス感染が持続するという予測を「合理的であろう」としながら,他方において,エイズやARCを発症するかどうかを予測することは不可能であるとし,さらにその余の約2/3の患者については,臨床的変化のない群とリンパ球増殖性反応を呈している群がほぼ同数であるとして,この結果が「HIVの感染に対する免疫的及び臨床的な応答の範囲が幅広いこと」を示しているとし,各群の最終的な結果は不明であるが,エイズを発症する者から「有効な免疫応答を備え,その結果,ウイルス感染は排除される」者までがいるだろうと予測した上,こうした結果を明らかにするのは,長期間にわたる研究によってのみであるとしている。
(3) エバット博士は,「AIM」誌昭和60年6月号(102巻6号)に掲載されたレーダーマン博士らとの共著論文「古典的血友病(第8因子欠乏)患者のリンパ節腫脹症関連ウイルス(LAV)に対する抗体の獲得」において,凍結乾燥因子製剤による治療を受けた血清陽性の血友病患者は,同様の治療を受けた血清陰性の血友病患者よりもT4リンパ球が少ないが,後者の血友病患者にもT4/T8比の逆転等の異常が存在したというデータを報告した上,次のように述べている。
「これらの結果についてはいくつかの説明が可能である。凍結乾燥抗血友病因子製剤で治療された血友病患者の中には,凍結乾燥された因子製剤中に存在し,濃縮製剤の製造過程で不活化された,感染力のないLAVに対する抗体を発現した者がいる可能性がある。この可能性は,レトロウイルスが,化学的及び物理的に不活化する変化を相対的に起こしやすいことによって支持される。」
 すなわち,この論文において,エバット博士は,化学的・物理的に不活化を起こしやすいというレトロウイルスの性質が,凍結乾燥という濃縮製剤の製造工程と相まって,血友病患者の抗体陽性者中に「感染力のないLAVに対する抗体を発現した者がいる」という仮説を支持する根拠となり得るとしているのであって,「レトロウイルスにおいては,抗体陽性は即ウイルス現感染を意味する」などといった見解とは明らかに異なる視点に立脚しているように思われる。そして,この「濃縮製剤の製造工程でウイルスが不活化される」ことは,エバット博士自身が第4回血友病シンポジウムで紹介していたデータに裏付けられたものであり,上記仮説は,前記5.3.2.5のギャロ博士らの「JAMA」論文における推測とも相通ずるものであったとみられる。

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