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薬害エイズ 阿部元帝京大副学長判決要旨毎日の視点へ毎日の視点
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5.3.4.4 第4回血友病シンポジウムにおけるエバット博士の発表
 エバット博士は,昭和59年11月開催の第4回血友病シンポジウムの第1部「AIDSに関する現在の問題点」において「AIDS:定義,監視,疫学及び最近の発展」と題する発表を,また,第2部「各国におけるAIDSの現状」において「展望的解説」と題する発表を行い,昭和60年に発行された同シンポジウムのプロシーディング(議事録)に,前者は「血友病患者におけるエイズ」と題する論説,後者は「エイズに関する展望的理解」と題する論説として掲載された(ただし,これらの論説には,同シンポジウム開催後に発表された文献も引用されており,若干なりとも内容に加筆がなされていることが明らかである。)。これらの論説には,「抗体陽性の意味」に関するエバット博士の認識をうかがわせる次のような記載がある。
 「血友病患者におけるエイズ」においては,「エイズの病因」の項において,「濃縮凝固第8因子製剤の投与を受けている患者の多くがHTLV−V,LAVにさらされていると思われるが,臨床的に明らかにエイズを発症している患者の割合が極めて低いことから,この病原に対する抗体陽性の意味はいまだ明らかではない。」と述べられている。
 また,この発表後の質疑応答において,ブラックマン博士から「患者の血清がHTLV−V抗体陽性であることは,その結果としてエイズが起こるのでしょうか。それとも,抗体陽性はエイズに対する防御にもなり得るのでしょうか。」と問われたのに対し,エバット博士は,「大変良い質問です。私が答えを知っておればよいのですが(原文は,“That is an excellent question. I wish I knew the answer.”)。その質問に対して我々が有している唯一の証拠は,次のとおりです。我々は,数多くの患者が抗体陽性であり,それらの患者の多くからウイルスを分離培養できることを知っています。このことは,他のウイルス感染症と比較した場合,やや異例のことです。したがって,抗体とウイルス血症が共存し得るのです。・・・カリフォルニア州の男性同性愛者の集団に関する研究により,これらの患者のうち,相当の割合の者がエイズを発症したという証拠が得られました。1978年に抗体陽転した16名の患者のうち,4名がその後エイズを発症しました。6年間におけるエイズの発症率は,25%でした。また,これに加えて,4ないし5名がリンパ節腫脹症を呈しており,これは,明らかに,エイズの発症を示唆する基礎症候を有していることを示しています。」などと答えた。
 また,「エイズに関する展望的理解」においては,次のような記載が見られる。
 「科学研究者達は,現在までに,エイズの原因として,HTLV−V又はLAVと命名したレトロウイルスを分離したが,このウイルスは,T4ヘルパーリンパ球の栄養に依存し,これを崩壊させる性質を有している。世界的に見て,血友病患者における,このウイルスに対する抗体陽転は,1981年から1984年の間に発生しており,現在,濃縮第8因子製剤を使用している大部分の血友病患者は,このウイルスにさらされ続けている。」
 「ヨーロッパの血友病患者における抗体陽転率は,米国の血友病患者の抗体陽転率よりも進展が遅いが,事態は同様の発生順をたどっている。」
 「このウイルスが,急速に世界の大部分の地域に広がりつつあるように思われることから,地域性や境界線による危険度の差異は消滅しつつあり,輸血関連エイズの問題は,世界的な問題となるであろう。」
 「幾つかの当惑させられる結果や疑問が,説明を要するものとして残っている。」とし,その第2として,「ヨーロッパにおけるエイズの流行は,米国に比べて約1年間遅れているように思われ,ヨーロッパの血友病患者については,様々な地域によって,異なった免疫状態が見られ,また,HTLV−V/LAVに対する抗体陽性率も異なる。こうした地域的な差異は,米国においてもエイズ流行の初期には見られたことであるが,時が経つにつれ,米国の血友病患者群は,類似の免疫異常状態を示すようになった。」,その第3として,「HTLV−V/LAV感染症における潜伏期間を明らかにする必要がある。我々は,最初,初期の症例からの計算に基づいて潜伏期間は1ないし2年間という印象を持っていたが,最近のデータは,3ないし4年間がおそらく真の潜伏期間であろうことを示唆している。最終的な分析をすれば,潜伏期間は更に長くなる可能性があり,多分,4ないし5年間であろう。この潜伏期間の長さは,現在,HTLV−V/LAV抗体陽性であるものの病気の徴候を示していない個人にとって意味を有する。たとえ,血液製剤による拡散を防止あるいは減少させる手続が導入された後であっても,今後3ないし4年間,エイズ症例,特に輸血関連症例が増加し続けると予測してよいであろう。」,その第4として,「現時点では,どのようなコファクターがこのウイルス感染の結果を変える可能性があるかという点については分からない。コファクターが患者のエイズに至る経過や進行を変え得る作用の有無を決するための研究が必要であり,これによって発症予防方策が開始されるであろう。血友病患者の関連では,いくつかの可能性のあるコファクターが研究しうる。(1)このウイルスに再感染することによる影響はどのようなものか。再感染を防止することは,最終的な臨床結果に影響を及ぼすか。(2)免疫機構に対する持続的な刺激(濃縮製剤中に発見される感染性因子以外の異質の抗原刺激)がもたらす影響は,どのようなものか。(3)例えば,サイトメガロウイルス(CMV)やエプスタインバーウイルス(EBV)等の同時に存在する感染性因子の影響はどのようなものか。」とする。
 さらに,「HTLV−V/LAVに対する抗体の存在が,当該検査対象者に対してどのような意味を有するかについては,長期の研究によって明らかにされるべきである。例えば,」として「(1)抗体の存在は,エイズ症候群の進行過程において,エイズウイルスに対する何らかの保護を提供するか。(2)抗体の存在はエイズに向かうキャリア状態を示すものか。(3)抗体の存在は,最終的にエイズ症候群に進行する患者を特定するものか。」を挙げている。それに続けて,「初期のデータは予想以上に悪い結果を示唆している。」として,「1978年の時点で抗体陽性であった者を含む男性同性愛者の小グループについて,同年以降追跡調査をしたところ,1978年時点で抗体陽性であった者のうち,相当程度の割合の者が依然としてウイルス保有者であり,20〜25%程度の者がエイズを発症している。」と述べているが,ここでは,前記5.3.4.3の「MMWR」誌昭和60年1月11日号を引用文献として挙げている。したがって,この部分は,シンポジウムにおける発表の後に加筆されたことが明らかであるが,この内容は,上記「MMWR」誌の「5〜19%が2〜5年以内にエイズを発症させている」というデータとは異なっており,典拠となった原データは明らかではない(前記のブラックマン博士の質問に対する回答で引用したものと同じデータであるとも考えられる。)。
 また,抗体検査結果の意義について,「HTLV−V/LAVに関する血清学的検査法は,血液供血者をスクリーニングし,エイズの予防戦略を開始するに当たって,極めて有益であろう。・・・HTLV−V/LAV抗体の存在は,100%ウイルス保有状態と相関していないが,この相関関係は90%を超え得る。第2,第3世代の検査方法により,最終的には,この病気を伝播させ得る個人を特定する能力が改善されるであろう。」などと述べている。
 この発表後の質疑応答において,エイブル博士の「ドイツにおいては1983年までエイズ症例がなかったこと,及び,イタリアにおいては今現在もエイズ症例がないことについて,あなたは,どのような説明をされますか。」との質問に対し,エバット博士は,「その違いは,暫定的なものにすぎず,当該国の血友病患者がウイルスに曝された時期及び曝露率に起因するものと,私は考えています。例えば,現在,イタリアにおけるHTLV−V/LAVに対する抗体陽性率は,35ないし60%にすぎません。この数字は,1ないし2年前の米国におけるデータと同じであり,その当時,米国全土で2ないし3症例しかエイズ発症例が報告されていませんでした。この病気を防止するための何らかの方策が採られない限り,それらの国においても,集団における抗体陽転に引き続いて,相当の潜伏期間経過後には,エイズ症例が発見されるものと,私は予測します。」と答えた。さらに,アラン博士の質問に対する回答において,エバット博士は,免疫不全の徴候等を呈している血友病患者又は抗体陽性の血友病患者に対する治療につき,「私なら,加熱製剤を使用するでしょう。なぜなら,このウイルスに繰り返し曝されることにより,この病気の最終的な結果にどのような影響があるか判明していないからです。」と答え,エイズの発症には繰り返しウイルスに曝露されることが関係する可能性があることを示唆する発言をした。また,患者に対する告知の問題につき,「大変難しい問題があります。血友病患者とその家族に関する研究において,・・・無症候の血友病患者は,たとえ本人自身が抗体陽性であっても,家族をHTLV−V/LAVに関して抗体陽転させた例は,これまでのところありません。第二に,エイズを発症し,又は,その症候を呈している血友病患者の家族には,エイズ及びエイズ類似症候群が発症しています。したがって,患者の担当医師としては,エイズの症候を呈している患者に対しては,家族との接触における選択を可能にするために,感染の可能性を告げるでしょう。」と述べ,抗体陽性の血友病患者であっても,エイズの症候を呈している患者と無症候の患者とでは,二次感染の危険性に差異があり得るという考えを示している。
 ところで,この第4回血友病シンポジウムにおけるエバット博士の発表については,本件で証人となった多くの血友病専門医らがこれを聞いていたとしてその内容に言及しているところ,とりわけエバット博士がブラックマン博士の質問に答えた発言,すなわち「大変良い質問です。私が答えを知っておればよいのですが。その質問に対して我々が有している唯一の証拠は,次のとおりです。我々は,数多くの患者が抗体陽性であり,それらの患者の多くからウイルスを分離培養できることを知っています。このことは,他のウイルス感染症と比較した場合,やや異例のことです。したがって,抗体とウイルス血症が共存し得るのです。」をめぐっては,一部の証人らの供述する受け取り方に採用できない部分が存する。
 すなわち,上記のエバット博士の発言について,木下医師は,「抗体とウイルスが共存する,つまり抗体が陽性であればウイルスも存在するんだと,共存し得ると述べた」のであると証言し,山田医師も,「エバット博士は,HTLV−V/LAVに対する抗体の性質について,抗体が陽性であるということは,ウイルスがそこに共存しているというようなことを言い,自分は,その時点で,エイズ原因ウイルスに対する抗体陽性の意味については,抗体が陽性になれば,ウイルスのキャリアである,現に感染していると理解した。」と証言したのであるが,次に述べるとおり,これらの供述が当時のエバット博士の真意を捉えたものであるとは認め難い。
 第1に,「抗体とウイルスが共存し得る」というのは,共存することがあるということであって,「抗体があればウイルスが存在する」ことと同じでないことは明らかである。
 第2に,この第4回血友病シンポジウムの発表自体において,エバット博士は,「この病原に対する抗体陽性の意味はいまだ明らかではない。」,「HTLV−V/LAVに対する抗体の存在が,当該検査対象者に対してどのような意味を有するかについては,長期の研究によって明らかにされるべきである。例えば,(1)抗体の存在は,エイズ症候群の進行過程において,エイズウイルスに対する何らかの保護を提供するか,(2)抗体の存在はエイズに向かうキャリア状態を示すものか,(3)抗体の存在は,最終的にエイズ症候群に進行する患者を特定するものか,である。」などと述べている。
 第3に,次のとおり,この当時ないしそれ以降に執筆・発表されたエバット博士の論文に照らせば,検察官の主張やそれに沿う証人の供述が採用できないことは一層明らかである。

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