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(理由の要旨) 第1 検討に当たっての基本的な視点 本件は,血友病患者である本件被害者が大学病院で非加熱濃縮血液凝固因子製剤(非加熱製剤)の投与を受けたところ,同製剤がエイズ原因ウイルス(HIV)に汚染されていたため,やがてエイズを発症して死亡したとして,同病院で科長等の立場にあった被告人が業務上過失致死罪に問われている事案である。血友病は,血液凝固因子の先天的欠乏等のため出血が止まりにくく,随時その補充を必要とする遺伝性疾患である。その治療薬として血液凝固因子の補充に使用される非加熱製剤は,従前の血液製剤に比べて格段に優れた効能を有し,血友病患者の生活を質的に大きく改善したものとして高い評価を受けていた。他方,エイズは,後天的に免疫不全症状を呈する予後の極めて悪い疾病である。この疾病は,血液などの体液を介して伝播する性質があり,このため非加熱製剤の投与を受ける血友病患者は,エイズの危険にさらされている旨が指摘されていた。こうした事情から,本件当時,血友病につき非加熱製剤によって高い治療効果をあげることとエイズの予防に万全を期すこととは,容易に両立し難い関係にあった。すなわち,非加熱製剤を使用すれば高い治療効果は得られるが,それにはエイズの危険が伴うことになり,また同製剤の使用を中止すればエイズの危険は避けられるが,血友病の治療には支障を来すという困難な問題が生じていた。このためエイズと血液製剤をめぐる問題については,最先端の専門家によってウイルス学的な解明がなされるとともに,その解明が進むのを受けて,血友病治療医らがエイズへの対処法を模索しているという状況にあった。 エイズと血液製剤の関係は,時間的にも空間的にも相当の拡がりを有する問題であった。エイズの浸透ないし蔓延状況に関する情報や,エイズ原因の解明や対処方策の研究に関する情報は,時を追って刻々と変化し,国や地域によっても事情を異にする点があった。本件刑事訴訟では,そのように複雑で多様な事実関係の中から,訴因に明示された特定の行為の是非が問題とされている。本件は,未曾有の疾病に直面した人類が先端技術を駆使しながら地球規模でこれに対処するという大きなプロセスの一断面を取り扱うものである。したがって,その検討に当たっては,全体を見渡すマクロ的な視点が不可欠であるが,それと同時に,時と所が指定されている一つの局面を細密に検討するミクロ的な視点が併せて要請されることになる。 また,エイズと血液製剤をめぐる問題は,以上のように複雑で多様な事実関係を含むものであり,ウイルス学者,血友病治療医,製薬会社関係者,行政担当者など多くの者がこれに関与してきた。流動的で混沌とした状況の下において,これらの者がそれぞれの時期に種々の方向性をもった行動をとっており,それに応じてさまざまなエピソードが存在する。中には強いインパクトを有するものがあり,事象の本質を構成するような重要なものも存在するところである。その反面,一見して人目をひく点はあるが,事象の正確な把握という観点からは,むしろ紛れを生じさせる作用を果たすものもないわけではない。個々のエピソードの評価に当たっては,こうした点にも留意する必要があろう。 さらに,エイズと血液製剤の関係は,世界各国で長期間にわたって広く関心を集めてきた難問であり,それだけに数多くの資料が存在する。それらの中には,確度の高い原資料というべきものが存在する一方,その正確性について留意を要する二次的三次的な派生資料も少なくない。このため,限られた一定の資料に基づいて考察するときは,事態がある様相を呈するが,他の資料に基づいて考察するときは,様相が一変するというようなことも,生ずるおそれがないとはいえない。事案の性質に照らし,本件における事実の認定に当たっては,事件当時に公表されるなどして客観的な存在となっていた資料を重視すべきであると考えられる。これに対し,当時を回顧して事後的になされた論述等については,合理化などの心理作用から潤色している点がないかどうかを慎重に吟味する必要があるといえるであろう。 本件において直接問題となるのは,昭和59年ないし昭和60年当時における被告人の行為であるが,公訴が提起されたのは,昭和59年から起算すれば12年後の平成8年9月であった。そして,平成9年3月から平成12年9月にかけて公判審理が行われたが,事件当時の状況を忠実に再現するという観点からは,時の経過による記憶の減退や変容という問題を避けて通ることは難しい状況にある。現に,通常であれば記憶が失われることなどあるはずがないと思われる事項について,記憶が完全に欠落しているというような例もみられたところである。関係者の供述内容を吟味するに当たっては,このような時の経過に伴って生ずる問題にも十分留意する必要がある。 上記のような基本的な視点に立脚して,以下検討を進めていくこととする。
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