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薬害エイズ 阿部元帝京大副学長判決要旨毎日の視点へ毎日の視点
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5.3.2.5 「JAMA」誌昭和60年4月19日号の論文
 さらに,「JAMA」誌昭和60年4月19日号に掲載された,アイスター博士(筆頭著者),ゴダート博士,ブラットナー博士らとギャロ博士との共著論文「血友病患者におけるHTLV−V抗体の形成及び初期のナチュラル・ヒストリー」がある。
 この論文は,「濃縮第8因子製剤の輸注者で3年から9年にかけて追跡調査されたコホートから採取された保存血清サンプルにおけるHTLV−V感染の血清学的証拠を探求した」研究であり,「血友病患者におけるHIV感染時期を初めて明らかにした報告」と評価されているものであるが,それとともに,抗体陽性の血友病患者のナチュラル・ヒストリー(自然史)が研究目的とされたものである。また,この論文の著者の多くは,昭和59年9月のランセット論文と共通であり,したがって,同論文の内容を著者らの意図に沿って理解する上でも参考になるものと考えられる。「JAMA」誌論文の著者らのコメントの項には,次のような記載がある。
「大量の濃縮第8因子製剤がHTLV−V感染症の発現を増大させるのか,あるいはHTLV−V感染とは無関係に免疫異常を強めるのかどうかについては,今後確定される必要がある。」
「HTLV−V感染の正確なナチュラル・ヒストリーは,更に数年経ないと判明しないだろう。現在のデータは,HTLV−V感染はおそらく,ほとんどの患者にとって必然的にエイズに至らしめるものではないだろうことを示唆している。HTLV−V抗体陽性の男性同性愛者における累積エイズ発症率はわずかに5%から20%台であり(ゴダートの未刊行データ,昭和60年2月),抗体陽性の血友病患者についての本研究において,3年以上の観察期間におけるエイズ及びエイズ様疾病の累積発生率はさらに低く2%から4%台である。」
「リンパ節症及びヘルパーT細胞の低値とHTLV−V抗体出現後の長い潜伏期間との関連は急性感染というよりむしろ進行性の無痛症過程を示唆するものである。この過程が,HTLV−V抗原により開始された免疫反応の異常な部分なのか,あるいは慢性的HTLV−V感染活性の結果なのかは今後観察される必要がある。後者の説明は,リンパ節症に罹患した男性同性愛者から多数のHTLV−Vが分離されたこと及び輸血関連エイズ症例における2年以上という同様の潜伏期間によって支持される。前者の説明は,エイズ関連の異常を持った血友病患者の大半が抗体陽転後4,5年もエイズを発症していないことによって支持される。仮に,HTLV−V抗体の中に防御性のものがあるとすれば,大半の血友病患者が,分画濃縮製剤の凍結乾燥過程で分断された,不完全な,感染力の無い抗原によって有効に免疫性を与えられているのかもしれない。もしそうであれば,不完全な非感染性抗原から中和抗体を形成する前に希釈されていないウイルスに曝露されるほんの数%の者がエイズを発症することになるだろう。これらの質問に答えるには,第8因子製剤輸注者の血清中のHTLV−V抗原及び抗体を測定する,より広い研究と,より長期の観察が必要であろう。」
 以上の記載によれば,著者(ギャロ博士)らは,この論文の執筆当時,HTLV−V感染は「おそらく,ほとんどの患者にとって必然的にエイズに至らしめるものではない」という推測をしていたこと,さらに,男性同性愛者や輸血の場合とは異なり,血友病患者の抗体陽性者については,濃縮製剤の製造過程における凍結乾燥という操作によりウイルスが破壊(分断)され,大半の血友病患者が「不完全な,感染力の無い抗原によって有効に免疫性を与えられている」という可能性を認め,その仮説が正しければHIV抗体陽性血友病患者のエイズ生涯発症率は「ほんの数%」であろうと推測し,その点についての結論を出すにはさらなる研究・観察を必要とすると考えていたことが明らかである。抗体陽性の血友病患者からも累積で2〜4%台のエイズあるいはエイズ様疾病が発生しているというのであるから,その中に「完全なウイルス」に感染した者がいると考えられることはもとより当然であるが,他方において,男性同性愛者よりもずっと発症者の割合が少ないという「疫学的データ」も当時存在したことから,上記のような可能性を考えていたものと理解される。また,当時は既に,濃縮製剤を製造する凍結乾燥過程においても,ウイルスは2ないし3対数不活化されるというデータも存したものであり,このように不活化されたウイルスないしウイルス断片が血友病患者に輸注されることも,上記のような推測の根拠となり得るものであったと考えられる。
 なお,検察官は,論告要旨248頁において,当時の米国における血友病患者のエイズ発症者数に言及するなどして,「血友病患者に限っては他のリスクグループとは抗体陽性の意味が異なり抗体陽性者がエイズを発症することはないなどとする合理的な根拠は全く存在しなかった」と主張している。しかし,本件における「抗体陽性の意味が血友病患者において異なる」かという争点は,「抗体陽性の血友病患者がエイズを発症することはない」かどうかでなく,「抗体陽性の血友病患者がエイズを発症する可能性(発症率)がどのように考えられていたか,特に男性同性愛者におけるそれと比較してどうか」という点にある。そして,この論文の著者(ギャロ博士)らは,検察官の主張する発症者数自体を,その当時の米国における血友病患者中の抗体陽性者の推定数に照らして算出した発症率が,男性同性愛者のそれと比較してずっと低かったことから,抗体陽性の血友病患者の中には有効な免疫を備えた者が含まれ(抗体陽性の第1及び第3の意味に関連),そのエイズ発症率は将来的にも男性同性愛者のそれより低く,累積発症率としても数%程度にとどまる(抗体陽性の第4の意味に関連)という可能性があり,こうした血友病患者における抗体陽性の意味を確定的に判断するには,さらなる研究・観察が必要であると考えていたものと認められる。

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