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第2 業務上過失致死罪の前提となる被告人の立場
本件は,業務上過失致死罪に係る事案であるが,同罪の前提となる被告人の立場について,検察官は,帝京大学病院の第一内科長としての立場と,血液研究室主宰者としての立場を指摘し,被告人が血友病治療の適正を確保し,これに伴う血友病患者に対する危害の発生を未然に防止する業務に従事していたと主張する。これに対し,弁護人は,被告人が従事していた業務の内容を種々争っている。
この点については,第一内科長の地位にあったことや血液研究室の責任者という地位にあったことが,それだけで直ちに業務上過失致死罪との関係における被告人の行為の評価を決するまでの事情といえるか否かは,必ずしも明らかではない。また,被告人の行為と実際の治療行為との間に他の医師が介在していたことは事実である。しかしながら,関係各証拠によれば,被告人は,第一内科長かつ血液研究室の責任者という指導的地位に就いていたことに加え,血友病の治療について抜きんでた学識経験と実績を有すると目されていたことから,これらに由来する権威に基づき,自ら第一内科における血友病に係る基本的治療方針を決定していたものであり,本件当時,同内科において非加熱製剤が投与されていたのは,被告人の意向によるものであったことが明らかである。このような血友病診療の実態に照らせば,本件当時,同内科において血友病患者の出血に対し非加熱製剤が投与されていたことについて,被告人の過失行為の有無を問題とすることは,法律上十分可能というべきである。弁護人は,本件被害者に対する非加熱製剤の投与については,被告人の行為は法律上関連がなく,被告人の過失責任を問題とする前提が欠けているかのように主張するが,この主張は,被告人が第一内科において決定的な影響力を行使して非加熱製剤を投与する体制を構築し,かつそのような体制を維持していた事実を無視し,非加熱製剤の投与に関する被告人の役割をことさらに過小評価するものであって,事の実態から乖離しているものといわざるを得ない。
また,被告人が医療及び保健指導を掌る医師の職責の一環として,第一内科長かつ血液研究室の責任者の立場を通じ,第一内科における血友病患者の基本的治療方針を決定していた行為は,人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為であり,かつ他人の生命身体に危害を加える虞あるものであったことは明らかであって,業務上過失致死罪にいわゆる業務性の要件を満たすことに疑問は生じない。したがって,仮に被告人について本件公訴事実のような過失責任が問題になるものとすれば,それは,業務上の過失責任であるとの評価を受けることになるものと考えられる。
 
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